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お題 「最近きにいったこと」
2009/03/20(Fri)
今日はeriさんのお題いってみましょう!

最近きにいったことは何だろう?と

自分に問い詰めましたが、

「あれ?ないんじゃねぇ?」

と思いなかなかこのお題に触れられなかった

今日この頃でございます。

実は私、流行を追いかけるより

一つの事をじっくりとなタイプでして

好きなものはずっと好き

な感じなのです。

なのであまり巷の流行にはイマイチのれてない様な気がします。

がしかし、一度火がつくと

とことんやらねば気がすまないタイプでして

例えば、いわゆるカードコレクションのような奴も

興味がわくまでは時間がかかるのですが

一度やり始めると、

コンプリートしないと気がすまないタイプなのです。

なのでそういうカードのような集めるタイプのものは

簡単に手を出さないようにしてます。

自分の事は自分が一番よく知っているので


でもってお気に入りですが・・・

自分に質問する所からはじめましょうかね

好きなものは・・・甘いもの

もしくは    ・・・ おもちゃ

です。 

大人なのに子供の回答ですみません
  
実は子供の時からずーっと集めているものはあるんです。

もう集めるとかコレクションとかのレベルではなく

自分では自分の体の一部だと思っています。

そしてコンプリートはほぼ不可能なので

ぼくはこの夢を永遠に追いたいと思っています。

おもちゃなんですが、それは・・・・

・・・言えません。

恥ずかしいし、

僕のそっとしておいて頂きたい

デリケートな部分でもあるので。

物凄くブログに書く事に困ったら

発表しないこともないかな?

本当は書いたほうが色々情報を

教えてくれる方が現れたりするかもしれない

という期待はあるのですが、

今回は内緒です

なので今日は甘いものの方でいきましょう!

僕は甘いもの全般好きですが、

さらに細かく突き詰めると、

どちらかというと

洋菓子より和菓子かな?

と思っています。

勿論、ケーキもチョコも大好きなんですよ!

外を歩きながら板チョコ食べるくらいですから。

和菓子というかあんこが大好きなんです。

僕の自慢は小学校5年のときに

大福を五つ食べた事、

それと小学校6年の時、

葬式まんじゅうを一人で一個全部食べた事です。

みなさん、葬式まんじゅうって知ってます?

最近、めっぽう見かけませんが

どこにいったんですかね?

田舎の方のお葬式とかでは

まだ配られているのでしょうか?

葬式まんじゅうとは、

楕円形の形をしていて、

縦10cm 横15cm 厚み2cm位の

おまんじゅうです ・・・・・・多分。

子供の時の感覚なので

もしかしたらもっと小さいのかもしれません。

子供の時に登った高いジャングルジムは

大人になって登ると低いものですからね。

そのおまんじゅうの凄い所は

あんこが半端なく多いんです。

おそらく

縦10cm 横15cm 厚み2cm に対して、

縦9.5cm 横14.5cm 厚み1.6cm 位あんこです。

なんせ子供のときの感覚なので

実際測ったら全然違うかもしれませんが、

とにかくあんこが多いんです。

普通は2~3人とか家族とかで食べるものなんです。

それを一人で一個全部小学校の時に食べたんです。

すごくない

・・・・・・・・・・・・・

なにやらあまり「へえ~」ボタンの押されない自慢なのはわかっています。

仮装大賞に例えるなら、

14点位です。

欽ちゃんのアシストなしでは合格出来ない!

その程度の自慢です。

わかってますよ・・・・・

まあとにかく、

それ位あんこが好きだと判ってもらえればいいです。

あと抹茶も好きです。

ジェラートとか買うと大抵、抹茶や小倉を頼んでしまいます。

リュウタロスじゃないですよ!

最近これまたあまり見かけなくなりましたが、

昔は、いわゆるディッパーアイスのフレイバーには

必ず宇治金時なるものがありました。

簡単に言うと

抹茶の中に小豆が入っているアイスです。

今でもなくはないですけど、

昔ほど見かけなくなりました。

きっと抹茶が出世して

ソロ活動をはじめたからだと思います。

今はむしろ小倉のほうがマイナーですよね?

昔は仲のいいコンビだったのに・・・・

まあ、BOΦWYみたいなものですなあ・・・

しかも僕が子供の頃は

宇治金時を頼む子供はまず、いませんでした。

大抵、おばあちゃんとかの為に存在していた

大人のフレーバーだったんです。

ていうか、子供には読めねぇし。

今でも忘れません・・・

まだ小学生の時、

買い物に行った際に、ディッパーアイスを買ってもらいました。

正確にいうとアイスを買うお金をもらいました。

場所は確か埼玉県の朝霞の西友でした。

いわゆるスーパーの地下の食べ物屋さんです。

最近ではフードコートとか呼ばれたりするやつです。

お金を握り締め一人アイス屋さんに向かった僕は

そこにあるフレーバー達の中から

宇治金時を選びました。

がしかし

漢字が読めません。

普段は母親に「これ!」

と言って母親が買っていたので

正式名称を知らなかったのです。

僕は恥ずかしい思いだけは避けようと

知恵を搾り出しました。

「そうだ!名前なんか知っていていつも頼んでいる風でいこう!

動揺せずにいけば大丈夫だ!」

そう思った僕は

宇治金時のアイスを指差しこう言いました。

「それ下さい。」

・・・完璧でした。

落ち着いた感じ、

前の客からの流れ、

わかりやすい指差し確認、

そして指の角度。

完璧でした。

これで確実に

誰も僕がアイスの名前を読めなかった事を

解らないはずです。

すると店員さんは言いました。



・・・「どれ?」



ええ------------------っ

ともはるくん 「それです!」

 店員     「これ?」

ともはるくん 「違う!緑の奴!」

 店員     「メロン?」

ともはるくん 「メロンじゃなくてこっち!」

 店員     「え?チョコ?」

ともはるくん 「いやだからメロンの横のチョコの後ろの・・・」

 店員     「え?何?どれ?」

ともはるくん 「だからこの・・ffytrttryjykgp*/×ぅgfffdf・・・・・・・・・(よめない)」

 店員     「これ?」

ともはるくん  「違う!」

 店員     「これ?」

ともはるくん  「違う!」

 店員     「これ?」

ともはるくん  「そう!!!」

  店員    「ああ、宇治金時ね。」

ともはるくん 「・・・それです。」



結局店員さんは大騒ぎ、

そこにいる客は皆、僕に注目、

僕は宇治金時が読めない子供として朝霞の西友で

さらし者になりました・・・・・

その後、一応希望のアイスはゲットしたのですが

未だ名前がわかりません。

すぐに親元に戻り母親に尋ねました。


ともはるくん 「ねぇ、このアイスなんていうの?」

 母親    「え?ああ宇治金時ね。」

ともはるくん 「え??」

 母親    「う・じ・き・ん・と・き! ていうか自分で買ったんでしょ?

        どうやって買ったの?」

ともはるくん 「それじゃなくて、それじゃなくて、それ!みたいな・・・・」

 母親    「ははは!」


その時僕は幼いながら

「この母親をいつかぶっ飛ばす日がくるかもしれない・・・」

と感じておりました。。


「ていうか、お前が一緒にいって買えばよかったんちゃうんかい!!」

という感情をごくりと飲み込んだともはる少年の週末の午後でした。

めでたし、めでたし。


・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?

いつのまにか物語りになってしまった。

まあ、とにかく、それ以来、

「宇治金時」という漢字にはめっぽう強くなりました。




兎にも角にも、又話が脱線してしまいましたね!?

最近のマイブームとかを書こうと思っていたのですが、

このお題、まだまだいけそうなので

いける所までいきたいと思います。

PART? までいくか乞うご期待

今日はこの辺で

またね~
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お題『きっかけ』 Part2?
2009/03/09(Mon)
おはようございます。

実は先日長々書いた『きっかけ』ですが、

garaさんのコメントをよくよく読み直したら

なんとなく答えていない様な気がしまして

少し補足しようかと思います。

ですのでPART2というよりは

「補足」ですかね?


僕の役者人生には

師匠の存在が必要不可欠でして、

というか先日書きましたように

師匠がいなかったら

役者になっていないと思うので

どうしても師匠の事ばかり書いてしまいました。

お話をまとめるために

何度も書き直しはしましたが

書いたことはすべて事実の

ノンフィクションですので

脚色は一切しておりません。

共感したというメール等も

頂きまして、大変嬉しく思っております。


おっと!?

このままいくと

又、師匠のことばかり書いてしまいそうなので

本筋に戻りましょう。

そんな訳で、

西沢少年が役者を目指すきっかけは

「一枚のビラ」だった訳ですが、

前回お伝えした様に

僕は最初から役者を目指していた訳ではないんです。

演劇の養成所みたいな所には一切行っていませんし、

演劇部に所属していた事もありません。

留学もよく

「演劇を学ぶ為ですか?」

と聞かれるのですが、

専攻はコンピューターサイエンスでした。

因みに最初は経済学でした・・・全然わかりませんでしたが・・・

さらに付け加えますが、

コンピューターサイエンスでは主に、

ソフトウェアを学ぶので、ハードは全然学びません。

何を言いたいのかと申しますと、

大学の専攻と趣味の自作パソコンは

全然関係ないんです。

カテゴリーは一緒なので厳密には全然関係なくないですけど、

自作のほうは独学でございます

そんな訳で、もともと演劇には程遠い所にいまして

強いて言うなら、

小学校の児童会(※小学校は児童会で、中学校は生徒会という名称でした。)

の催し物で全校生徒の前で劇をやった時に

主役をやった事がある位です。

ちなみにこの主役、先生が才能を見抜いて大抜擢!

・・・だったらカッコイイですが、何故主役になったかというと


自分で立候補したのです。目立ちたい一心で。



「主役やりたいやつ?」と先生が言ったとき、

普通大体みんな尻込みしますよね?

もしくは様子見ますよね?

当時、先生の質問に毎回手をあげていた僕は

すかさず手をあげました。

目立ちたかったし、みんなあげる前にあげようと思ったので。

でも他には誰も手をあげませんでした。

先生も他の人があげないんだったら、じゃあ西沢で、的な感じで

決まったのです。なんて空気の読めない奴なのでしょう・・・・

小学生の西沢少年の中にあった判断基準は

「目立つか?目立たないか?」

それだけだったのです。・・・ほんとバカですねぇ

質問に毎回手を上げるのも、

自分の学力を誇示するとか、先生にアピールとか

全く考えておらず、目立ちたいだけ。

ただ毎回上げていると、先生も当ててくれないので

より難しい問題で上げないと駄目なんです。

なので目立ちたい為に学力あげました。

・・・なんて動機が不純なのでしょう

ほんとバカですね、僕って・・・・


そんなわけで僕はいわゆる、現場叩き上げの人間なのです。

先程も申し上げましたが

僕は最初から演劇を目指していた訳ではなかったので、

学校的な所での教育は受けてませんし、

アクションに関しても、

有名なJ○○みたいな所にも行ってません。

全て出来る人に教わったといいますか、

いわゆるエリートではなく、雑草なのです。

ただ雑草は踏まれれば踏まれるほど

強くなりますけどね。

garaさんが「どうやったらそんなアクロバチックに?」と

言っておりましたが、

僕はおぐらさんの様なアクロバチックな事はあまり得意ではなく

どちらかというと「気合一発」なタイプでして

何をどうアクロバチックと思われているのかわかりませんが、

自分ではあまり自覚はないです。

ただ、

「俺の人生アクロバチック!」

とは思っておりますけどね。


因みに今はお芝居大好きです



そんなこんなですが、

前回と今回でなんとなく僕の『きっかけ』を

お伝えしましたが、改めて自分で振り返ってみると

やはり人との出会いは大事だなと

改めて感じました。

これからも色々な方々と出会っていきたいと思います。


そこのあなた

「待ってて今逢いに行きます





P.S. garaさん、こんな感じでいかがでしょう? 先日は偶然お会い出来て嬉しかったです。
     
     りるさん、暖かいメ-ルありがとうございました。又遊びに来てくださいね。
           どこかでお会い出来るのを楽しみにしております。
     
     eriさん、先日は偶然お会いできて驚きました。
          eriさんの夢が正夢になるように頑張ります!

     

     最後は結構恥ずかしいのですが
     eriさんリクエストの写真でしめたいと思います。
 20090309130036

       ではまた    
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お題 『きっかけ』
2009/03/06(Fri)
今日はgaraさんのお題いってみましょうか!

『僕が役者になったきっかけ』


それは僕が高校三年生の時、

卒業間近の冬に

駅で一枚のビラをもらいました。

そこにはこう書かれていました。


「あなたもヒーローになりませんか?」


忘れもしない、東武東上線の成増駅でした。

当時、西武線沿線に家があった僕はその日、

なぜか東武東上線周りで帰ったのです。

とあるバイトの面接の帰りだった僕は

そのバイトをやるかどうか悩んでいました。

恐らく考えたくて遠回りしたのでしょう。

そんな矢先にもらったそのビラ。

そのビラを貰ってから

僕の悩みは

「バイトをやる?やらない?」

から

「ヒーローをやる?やらない?」

に変わりました。

悩んでいたバイトの面接なんかどうでもよくなりました。

僕はバスに乗っている間、

そのビラを見つめずっと悩んでいました。

昔からヒーローは好きだったし、

子供の頃の写真は全部なんかしらのヒーローのポーズをとっていて、

普通に撮っている写真はないくらいだし~。

でもアメリカ行きも決まっていて、

出来ても数ヶ月、そんな人間を雇ってくれるのだろうか?

バスに乗っている間中悩んでいた僕は

家に着くなり母親に相談しました。


「あのさ、今駅でこんなビラをもらったんだけどどう思う?」


すると母親は


「それはあんたしか出来ないんじゃない?」

「でしょ?僕もそう思うんだけどさぁ・・・」


母親に頭ごなしに否定されると思っていた僕は、

珍しく肯定した母親の意見も参考にして

とりあえず面接に行ってみる事にしました。

行ってみると高校生の集団や年上な感じの人など、

10人位がその場所にいました。

結構いるんだなぁと思いながら面接を受けると

とりあえず練習が週に二回あるから

それに来てくれという事でした。

そのうちの一回がその時通っていた

英会話学校と重なっていた僕はその旨の了承を得て、

とりあえず次の次の回の練習にワクワクしながら参加しました。

行ってみると10人位いたのに僕をいれて

3人しかいませんでした。

一体前回何があったんだろうと思いながら、

次の練習に行くと僕一人になってました。

「えぇ~?」

とサプライズしながらも現場に出たい一心で

通い続けましたが、

結局いつも僕だけでした。

しかしながら、僕しかいないおかげで

マン・ツー・マン指導をうける事が出来たので

今考えると、人がいなかったのがよかったのかもしれません。

まあ、正確には

ファイブマン・ツー・マン位でしたけどね。

そしてそこで僕の師匠、

遠藤城利氏にであうのです。

初めて一緒に練習した時に、

「この人はなんだ?空が飛べるのか?」

と思ったものです。

「空中でクルクル回って目が回らないのか?」

とも思いました。

その頃師匠も十代が終わったばかりの頃で

「俺はスタントマンになる!」と、

ルフィーばりに言ってました。

他の先輩は人生色々忙しそうでしたが

師匠だけは、

間違いなく夢に向かって道を外さない人だな、

と感じていました。

懲りずに通い続けたおかげで

2~3ヶ月したらようやく現場デビューする事が出来ました。

アクションもなく、ただヒーローとゲーム大会するだけの現場でしたが、

確か、親戚みんなを呼びましたね。

今考えると、なんてお恥ずかしい・・・

その後ゴールデンウィークを迎えるのですが、

そのチームはゴールデンウィークの後に

解散する事が決まりました。

僕は元々6月からアメリカに行く事になっていたので、

そこで終わりとなりました。

いい夢見れたとその時は思いました。

本当だったらここで終わっている話なんですよね?

終わってないから今の僕がいるのです。

アメリカに渡ってアメリカの大学に通い、

言葉の障害もなくなってきて、

それほどあまり浮き沈みの無い平穏無事な毎日を

過ごすこと2~3年、

僕は人生に行き詰まりました。

「このままでいいのだろうか?」

色々考えた末、

充電期間と称し一時帰国をした僕は

それまで何度も試みた

「師匠に電話」

をしました。

それまでの間、僕は帰国する度に師匠に連絡をしましたが

何故かいつもコンタクトがとれませんでした。

何度電話しても留守だったり、

家まで訪ねても不在だったり・・・

一時帰国を決めた僕は、どうしても師匠に会いたくて

懲りずに電話してみました。

すると不思議な事に、

今まで一度も連絡が取れなかった師匠に

一発で電話がつながるではありませんか!

昔話に花を咲かせながらも

師匠の近況を尋ねると

今度始まる新番組

「電光超人グリットマン」

の撮影をしているというではありませんか!

しかもグリットマンをやっているというから

これまた驚きです!!

それはもうぶったまげてしまいましたが

それ以上にとても嬉しかったのです。

だって、この人だけは

絶対にちゃんとやっているはずと思っていた方が

ちゃんとやって出世していたのですよ!

それはもう自分の事のように嬉しかったですが

それ以上に、この人について行って間違いない!

この人は心底信頼のできる方だと確信しました。

前にも言いましたが、事実、

師匠は非のうちどころの無い方でした。

誰にでも優しく、実力もあって、おまけに顔もいい。

それはもう色々な方が師匠の周りに集まってきました。

僕なんかが一緒にいていいものかと思うくらい

実力のある方ばかりが集まってきました。

おっとっと

師匠の話ばかりになってしまいましたが、

僕はどうなったかと申しますと、

その連絡が取れた時に、師匠はすでに

独立していて仲間で集まって仕事を

している状況でした。しかしそんな事は

実力のある人が出来る事で

ぼくみたいなぺーぺーにはとてもついていける状況じゃありませんでした。

師匠に口をきいてもらいとあるチームを紹介してもらいました。

僕も自分でもっと一から、そして基礎からやらねばと思っていたので

早くうまくなって師匠と一緒にやりたい!

それだけを胸に頑張りました。

そこは人数もいて、教え方もしっかりしていたので

しっかりと学ぶ事が出来ました。

今となってはとても感謝しております。

そのチームに所属してからは大学に戻り

休みの度に帰っては仕事をやらせて頂く。

そんな生活を送っていました。

学校が休みのときは、イベントが忙しい時期ですからね。

それにアメリカの夏休みは三ヶ月あるので

勿論、迷惑かけないようにアメリカで一人練習してましたけどね


ここからさらに細かく書くと大分長くなるので
少し省略しながら進みます・・・


そしてある時、

「こんな事じゃ駄目だ!!」

と思い立ち、もっと本腰入れようと決心して

日本に完全帰国しました。

そして師匠のお誘いもあり、そのチームをやめて

独立しました。

まあ、正確にいうと師匠について行こうと決めたのです。

師匠はとても顔の広い方だったので、

さまざまな経験をさせて頂きました。

我々は通称、遠藤組と呼ばれ、

クオリティの高いエンターテイメントを

目指し突き進んでいっておりました。


そんな矢先、師匠が突然この世を去りました。


事故だったのですが、あんなに出来る人が何故???

と誰もが納得出来ない出来事でした。

「天才は薄命である。」

恐らくそういう事なのだと思います。

尾崎豊やHIDEもそうでした・・・

多くの人が悲しみに包まれました。

僕はその日から一人で歩かねばならなくなりました。

師匠みたいに実力もなければ人脈も無い。

暗闇から抜け出る道を示してくれる人もいなければ

明かりを照らしてくれる人もいない。

でも・・・いつまでも悲しんでいたってしょうがない。

師匠は楽しい事が大好きな人でした。

僕は師匠にはなれない。

真似をしたってただの真似事にしかならないし

なにより、師匠の実力は真似が出来るレベルじゃないんです。

だったら・・・・・


『僕は 僕にしか出来ない事を 僕らしくやろう!』


そう思い今日まで突き進んできました。

勿論、これからもそうするつもりです。

でも、おそらく師匠が見守ってくれているらしく、

その後、天下の後楽園に出演したり、

スタントのお仕事を頂いたりと、

普通では出来ない様なお仕事をさせて頂いたり、

素晴らしい方々に出会いました。

そしてヘロQさんとの出会いが、

自分を役者として磨きをかけようと思うきっかけになったのです。

ヘロQさんと会う前は、

舞台というものをよくわかっていなくて、

むしろ避けていた様な気もします。

役者とはなんなのか?

お芝居とはなんなのか?

全然わかってなかったと思います。

今もわかっているかどうかは正直わかりません。

ですが、関さんをはじめとするヘロQの皆さんや

そして小野さんとの出会いが

僕に舞台の魅力を教えて頂きました。

最初の舞台をどのような心持で望んだかは

たしかヘロQさんの公式ヘロQ本に書いたと思います。

詳しくはそちらを読んでください。

あれ、なんかヘロQさんの回し者みたいになってしまったな??



そんなこんなで今の役者西沢智治がここにおります。

なんか長々とごめんなさい。

しかも後半省略しちゃってまたまたごめんない

省略した所も事細かに書きたいのですが、

書いたらいつまで経っても終わらないような気がするので

これくらいにしておきます。


今の僕は、

お客様と楽しみを共有している時間が何よりも大好きです。

一人でも多くの方が笑顔になって頂ければ、

こんなに嬉しい事はありません。

こうして改めて書いてみると、

たった一枚のビラが僕をここに誘ってくれたんだなぁと

つくづく実感致します。

人生、何があるかわからないものですね

あの時、東武東上線に乗っていなければ、

あの時、ビラを貰わなければ、

あの時、面接に行かなければ、

あの時、電話がつながらなければ、

あの時、ヘロQさんに出会わなければ、

そして



『あの時、師匠に出会わなければ』、



今の僕は間違いなく、ありません。

役者西沢智治もいなかったでしょう。

人の人生の中で、

出会わなければよかった人なんていないんですよ、きっと。

人が人と出会う確立なんて宝くじ当てるより難しいですよ!

まだ出会ってない方、これから出会いましょうね!


僕は今まで出会った方々に心より感謝しております。

勿論、今これを読んでるあなたもです。

ありがとうございます。

心よりお礼を言わせて頂きます。




以上、garaさんのお題、

『きっかけ』

でした。長々と本当にすみません





最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
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