俳優:西沢智治のブログです。 日々の出来事から出演情報まで、いろいろな情報を随時更新しています。

お題 『きっかけ』

今日はgaraさんのお題いってみましょうか!

『僕が役者になったきっかけ』


それは僕が高校三年生の時、

卒業間近の冬に

駅で一枚のビラをもらいました。

そこにはこう書かれていました。


「あなたもヒーローになりませんか?」


忘れもしない、東武東上線の成増駅でした。

当時、西武線沿線に家があった僕はその日、

なぜか東武東上線周りで帰ったのです。

とあるバイトの面接の帰りだった僕は

そのバイトをやるかどうか悩んでいました。

恐らく考えたくて遠回りしたのでしょう。

そんな矢先にもらったそのビラ。

そのビラを貰ってから

僕の悩みは

「バイトをやる?やらない?」

から

「ヒーローをやる?やらない?」

に変わりました。

悩んでいたバイトの面接なんかどうでもよくなりました。

僕はバスに乗っている間、

そのビラを見つめずっと悩んでいました。

昔からヒーローは好きだったし、

子供の頃の写真は全部なんかしらのヒーローのポーズをとっていて、

普通に撮っている写真はないくらいだし~。

でもアメリカ行きも決まっていて、

出来ても数ヶ月、そんな人間を雇ってくれるのだろうか?

バスに乗っている間中悩んでいた僕は

家に着くなり母親に相談しました。


「あのさ、今駅でこんなビラをもらったんだけどどう思う?」


すると母親は


「それはあんたしか出来ないんじゃない?」

「でしょ?僕もそう思うんだけどさぁ・・・」


母親に頭ごなしに否定されると思っていた僕は、

珍しく肯定した母親の意見も参考にして

とりあえず面接に行ってみる事にしました。

行ってみると高校生の集団や年上な感じの人など、

10人位がその場所にいました。

結構いるんだなぁと思いながら面接を受けると

とりあえず練習が週に二回あるから

それに来てくれという事でした。

そのうちの一回がその時通っていた

英会話学校と重なっていた僕はその旨の了承を得て、

とりあえず次の次の回の練習にワクワクしながら参加しました。

行ってみると10人位いたのに僕をいれて

3人しかいませんでした。

一体前回何があったんだろうと思いながら、

次の練習に行くと僕一人になってました。

「えぇ~?」

とサプライズしながらも現場に出たい一心で

通い続けましたが、

結局いつも僕だけでした。

しかしながら、僕しかいないおかげで

マン・ツー・マン指導をうける事が出来たので

今考えると、人がいなかったのがよかったのかもしれません。

まあ、正確には

ファイブマン・ツー・マン位でしたけどね。

そしてそこで僕の師匠、

遠藤城利氏にであうのです。

初めて一緒に練習した時に、

「この人はなんだ?空が飛べるのか?」

と思ったものです。

「空中でクルクル回って目が回らないのか?」

とも思いました。

その頃師匠も十代が終わったばかりの頃で

「俺はスタントマンになる!」と、

ルフィーばりに言ってました。

他の先輩は人生色々忙しそうでしたが

師匠だけは、

間違いなく夢に向かって道を外さない人だな、

と感じていました。

懲りずに通い続けたおかげで

2~3ヶ月したらようやく現場デビューする事が出来ました。

アクションもなく、ただヒーローとゲーム大会するだけの現場でしたが、

確か、親戚みんなを呼びましたね。

今考えると、なんてお恥ずかしい・・・

その後ゴールデンウィークを迎えるのですが、

そのチームはゴールデンウィークの後に

解散する事が決まりました。

僕は元々6月からアメリカに行く事になっていたので、

そこで終わりとなりました。

いい夢見れたとその時は思いました。

本当だったらここで終わっている話なんですよね?

終わってないから今の僕がいるのです。

アメリカに渡ってアメリカの大学に通い、

言葉の障害もなくなってきて、

それほどあまり浮き沈みの無い平穏無事な毎日を

過ごすこと2~3年、

僕は人生に行き詰まりました。

「このままでいいのだろうか?」

色々考えた末、

充電期間と称し一時帰国をした僕は

それまで何度も試みた

「師匠に電話」

をしました。

それまでの間、僕は帰国する度に師匠に連絡をしましたが

何故かいつもコンタクトがとれませんでした。

何度電話しても留守だったり、

家まで訪ねても不在だったり・・・

一時帰国を決めた僕は、どうしても師匠に会いたくて

懲りずに電話してみました。

すると不思議な事に、

今まで一度も連絡が取れなかった師匠に

一発で電話がつながるではありませんか!

昔話に花を咲かせながらも

師匠の近況を尋ねると

今度始まる新番組

「電光超人グリットマン」

の撮影をしているというではありませんか!

しかもグリットマンをやっているというから

これまた驚きです!!

それはもうぶったまげてしまいましたが

それ以上にとても嬉しかったのです。

だって、この人だけは

絶対にちゃんとやっているはずと思っていた方が

ちゃんとやって出世していたのですよ!

それはもう自分の事のように嬉しかったですが

それ以上に、この人について行って間違いない!

この人は心底信頼のできる方だと確信しました。

前にも言いましたが、事実、

師匠は非のうちどころの無い方でした。

誰にでも優しく、実力もあって、おまけに顔もいい。

それはもう色々な方が師匠の周りに集まってきました。

僕なんかが一緒にいていいものかと思うくらい

実力のある方ばかりが集まってきました。

おっとっと

師匠の話ばかりになってしまいましたが、

僕はどうなったかと申しますと、

その連絡が取れた時に、師匠はすでに

独立していて仲間で集まって仕事を

している状況でした。しかしそんな事は

実力のある人が出来る事で

ぼくみたいなぺーぺーにはとてもついていける状況じゃありませんでした。

師匠に口をきいてもらいとあるチームを紹介してもらいました。

僕も自分でもっと一から、そして基礎からやらねばと思っていたので

早くうまくなって師匠と一緒にやりたい!

それだけを胸に頑張りました。

そこは人数もいて、教え方もしっかりしていたので

しっかりと学ぶ事が出来ました。

今となってはとても感謝しております。

そのチームに所属してからは大学に戻り

休みの度に帰っては仕事をやらせて頂く。

そんな生活を送っていました。

学校が休みのときは、イベントが忙しい時期ですからね。

それにアメリカの夏休みは三ヶ月あるので

勿論、迷惑かけないようにアメリカで一人練習してましたけどね


ここからさらに細かく書くと大分長くなるので
少し省略しながら進みます・・・


そしてある時、

「こんな事じゃ駄目だ!!」

と思い立ち、もっと本腰入れようと決心して

日本に完全帰国しました。

そして師匠のお誘いもあり、そのチームをやめて

独立しました。

まあ、正確にいうと師匠について行こうと決めたのです。

師匠はとても顔の広い方だったので、

さまざまな経験をさせて頂きました。

我々は通称、遠藤組と呼ばれ、

クオリティの高いエンターテイメントを

目指し突き進んでいっておりました。


そんな矢先、師匠が突然この世を去りました。


事故だったのですが、あんなに出来る人が何故???

と誰もが納得出来ない出来事でした。

「天才は薄命である。」

恐らくそういう事なのだと思います。

尾崎豊やHIDEもそうでした・・・

多くの人が悲しみに包まれました。

僕はその日から一人で歩かねばならなくなりました。

師匠みたいに実力もなければ人脈も無い。

暗闇から抜け出る道を示してくれる人もいなければ

明かりを照らしてくれる人もいない。

でも・・・いつまでも悲しんでいたってしょうがない。

師匠は楽しい事が大好きな人でした。

僕は師匠にはなれない。

真似をしたってただの真似事にしかならないし

なにより、師匠の実力は真似が出来るレベルじゃないんです。

だったら・・・・・


『僕は 僕にしか出来ない事を 僕らしくやろう!』


そう思い今日まで突き進んできました。

勿論、これからもそうするつもりです。

でも、おそらく師匠が見守ってくれているらしく、

その後、天下の後楽園に出演したり、

スタントのお仕事を頂いたりと、

普通では出来ない様なお仕事をさせて頂いたり、

素晴らしい方々に出会いました。

そしてヘロQさんとの出会いが、

自分を役者として磨きをかけようと思うきっかけになったのです。

ヘロQさんと会う前は、

舞台というものをよくわかっていなくて、

むしろ避けていた様な気もします。

役者とはなんなのか?

お芝居とはなんなのか?

全然わかってなかったと思います。

今もわかっているかどうかは正直わかりません。

ですが、関さんをはじめとするヘロQの皆さんや

そして小野さんとの出会いが

僕に舞台の魅力を教えて頂きました。

最初の舞台をどのような心持で望んだかは

たしかヘロQさんの公式ヘロQ本に書いたと思います。

詳しくはそちらを読んでください。

あれ、なんかヘロQさんの回し者みたいになってしまったな??



そんなこんなで今の役者西沢智治がここにおります。

なんか長々とごめんなさい。

しかも後半省略しちゃってまたまたごめんない

省略した所も事細かに書きたいのですが、

書いたらいつまで経っても終わらないような気がするので

これくらいにしておきます。


今の僕は、

お客様と楽しみを共有している時間が何よりも大好きです。

一人でも多くの方が笑顔になって頂ければ、

こんなに嬉しい事はありません。

こうして改めて書いてみると、

たった一枚のビラが僕をここに誘ってくれたんだなぁと

つくづく実感致します。

人生、何があるかわからないものですね

あの時、東武東上線に乗っていなければ、

あの時、ビラを貰わなければ、

あの時、面接に行かなければ、

あの時、電話がつながらなければ、

あの時、ヘロQさんに出会わなければ、

そして



『あの時、師匠に出会わなければ』、



今の僕は間違いなく、ありません。

役者西沢智治もいなかったでしょう。

人の人生の中で、

出会わなければよかった人なんていないんですよ、きっと。

人が人と出会う確立なんて宝くじ当てるより難しいですよ!

まだ出会ってない方、これから出会いましょうね!


僕は今まで出会った方々に心より感謝しております。

勿論、今これを読んでるあなたもです。

ありがとうございます。

心よりお礼を言わせて頂きます。




以上、garaさんのお題、

『きっかけ』

でした。長々と本当にすみません





最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。
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プロフィール

西沢智治

Author:西沢智治
■誕生日:7月21日
■出身地:東京都
■血液型:A型
■身長:173cm
■体重:64kg
 
■趣味:バイク/車/自作パソコン 他
■特技:体を動かす事 ラグビ- 英会話
■好きな食べ物:メロン 甘いもの
■好きな映画:アクション物
■好きな本・漫画:「ベルセルク」
「バガボンド」「20世紀少年」   

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